V8 5500ccエンジンは圧倒的なパワーだ。昨夜、首都高速湾岸線にて時速100キロからアクセルをグイと踏み込むと、150キロまでシートに張り付く加速をし3秒で到達する。
W221の内装
昨夜さっそく横浜までドライブをして気がついてきたことがある
W220と比較してW221は電飾とモーター仕掛けがそれぞれ2倍ぐらい増加しているようだ。電飾はアンビエントライトが美しく高級感を演出している。後部シートに座り、シートベルトを着用するとヘッドレストが自動的に起きることに象徴されるようにモーターとセンサーも山盛りだ。
新しい恋人がやってきた(W221 納車)
昨年秋に注文をして待たされること7ヶ月、やっとW221(メルセデスベンツ新型Sクラス)が納車された。ヤナセの営業さんが納車する予定の時間になると、わくわくドキドキ。胸が高ぶった。この感覚は・・・
このW221(S500 long)は、タンザナイトブルーの外装色にセミアニリンレザーのサバンナベージュという珍しい組み合わせで、既に5000台が輸入されているうち、まだ1台しかない特別注文だそうだ。
Pay forward
映画「ペイフォアワード」をご存知だろうか。私はこのことを映画が上映されるより前から実践していた。そしてそれは日本文化ともいえるのである。
さて、3月末に自己の資産管理会社の納税を済ませた。第16期という長い期を向かえ、長きに渡り会社を経営しつづけてこられた自分の周辺環境に深い感謝の念を覚える。いまの私があるのは、年が20や30離れた経営者の先輩方による教えがあったからこそだ。
印章深いのは、ネミックラムダの斑目元会長、フォーバルクリエイティブの速水元会長などだ。いまでも現職の銀行系VCで元上野支店長であられた村上氏には、個人的に何度も親交をもたせていただき、たくさんの教えを頂いた。私の人生の先輩の名前を挙げれば100人は軽くいる。その中でも、20人くらいの方々には大変熱心に教えを頂いた。
マイクロソフトが没落する日
Microsoftの収益の源泉は、Windows OSとOfficeであることは有名な話だが、その大きな収益となっているOfficeには、Sunが中心となってオープンソースコミュニティが開発をした「Open Office 2.0」の登場によって、完全にくつがえされつつあると言える。
欧米では、OSとOfficeのソフトウェア代金がパソコンのハードウェア代金と同価であること、そしてオープンオフィスのほうが高性能であることから、続々とオープンオフィスへ流れているという。マイクロソフトWORKSという統合ソフトは、ついに無償化され、その歯止めをマイクロソフトは狙うが広告がばんばん表示されるという。相変わらずマイクロソフトの戦略は、ここ数年利用者の意識やマーケット環境と大きくずれている。
インフルエンザ
23日の午後から熱があり喉がいたくなり、平衡感覚もなくなってきたので、自宅で療養していた。週末をはさみ、仕事もあるので月曜日の今日、会社にでてきているのだが、いっこうに喉は良くならないし、熱もさがらない。風邪薬を飲んでいるのに、長いな・・と思っていろいろネットで調べていたらインフルエンザの症状らしい。
これはやばい。会議の場とかで咳をしてしまったから、みんなに移してしまったかもしれない。午後一番の会議をしてから医者に行って、インフルエンザ用の薬をもらってこよう。
この文章をうちながらも視線があわない自分がおもしろい。ははは。
VAIO type S [SZ]プレミアムバージョン届く!
VAIO type F lightが予想を超えて大きかったので、今回は間違えずにコンパクトノートであるVAIO type S [SZシリーズ]プレミアムバージョンを購入した。
ライブドア株を1株だけ61円で購入
今日、ライブドア株を1株だけ成り行きで買いを入れた。比例配分で1株購入することができた。61円。今後、上場廃止となったとき、株主に対して株券を印刷するか、どのような手紙が送られてくるかなどを知っておきたいからだ。61円の株式を購入するのに手数料がかかり586円が買い付け価格となってしまった。なんかアホらしい。
24インチWIDEと21インチLCDによるデュアルモニタ
長年欲しかった24インチWIDE液晶を購入した。1920*1200ドットを縦長にして利用してみた。インターネットブラウザが気持ち悪いほど縦に良く読めるが、ちょっと大きすぎた感がある。いままでの21インチ(1600*1200)とで、デュアルモニタ構成にしてみた。
画面右下にある名刺と、そのサイズを比較してもらいたい・・。
niftyのパソコン通信サービスがついに終了
ニフティの20年弱に及ぶパソコン通信サービスが今年の3月末日をもって終了とのこと。https://www.nifty.com/iw/
思えば、このサービスの発展に大学生の頃から中心的にやってきて、大きくなり、巨人となったサービスゆえ傲慢になってしまったことからインターネットのほうへ仲間とともに徐々に移動したのが10年前。そしてこのサービスとまったく携わらなくなって2年が経過した。
しかし、短き人生のうち10年以上を精神敬意かたむけてきたサービスが終了することには感慨深いものがある。